イノベーションについての予測

技術経営のクラスで利用している教科書、『イノベーション・マネジメント入門』の冒頭部分で面白いネタがあったので、引用しておこうと思う。大きなイノベーションでも、当初はその可能性がまったく理解されていなかったという例。

この「電話」なるものは、コミュニケーションの手段としてまじめに検討するには、多くの欠点がありすぎる。われわれにとって、この装置は本質的に無価値である。 --- ウェスタン・ユニオン 社内メモ(1876年)


「空気より重い」空飛ぶ機械は不可能である。 --- 王立科学協会 ロード・ケルヴィン(1895年)


飛行機はおもしろいおもちゃだが軍事的には何ら価値がない。 --- フランス陸軍大学校戦略担当教官 フェルディナン・フォッシュ元帥(第一次世界大戦の英雄)


いったい全体どこのどいつが役者がしゃべるのを聞きたがるっていうんだ。 --- ワーナー・ブラザーズ H.M. ワーナー(1927年)


私が思うに、コンピュータの市場は世界的に見てたぶん5台くらいだろう。 --- IBM会長 トーマス・ワトソン(1943年)


コンピュータの重さは、いずれわずか1.5トンくらいになるかもしれない。 --- 『ポピュラー・メカニックス』誌(1949年)


われわれは彼らの音楽は好きになれない。ギター・ミュージックは消滅しつつある。 --- デッカ・レコードがビートルズを拒否して(1962年)


誰かが自分の自宅にコンピュータをもちたがるような理由など存在しまい。 --- デジタル・エクイップメント会長 ケン・オルセン(1977年)


どんな人でも640キロバイト(のRAM)があれば十分なはずだ。 --- マイクロソフト会長 ビル・ゲイツ(1981年)


『イノベーション・マネジメント入門』 一橋大学イノベーション研究センター(編) -- 表1.1 イノベーションについてのいくつかの評価と予測, page 17

今回のお題の一つは、「なぜ、このような否定的な見解が生じてしまうのか?」ということ。大きく分けて二つの理由があると思う。

まず、コメントをしているのはその分野におけるエスタブリッシュメントである。一般的にエスタブリッシュメント既得権益を持っているため、新しいもの・不確かなものに対しては保守的・否定的な見解を示そうという心理が自然に働く。これをその時代の若いアントレプレナーたちに聞いてみたらいい。もっとポジティブなコメントが返ってきたはずである。ただ、この中で一人例外がいる。81年時点のビル・ゲイツは、エスタブリッシュメントというよりも、アントレプレナーだったはず。でも、ゲイツのビジョナリーとしての才能は限りなくゼロに近いと個人的には思ってるわけで。

次に、イノベーションとは新しい価値創造とその普及であり、例えその分野でのビジョナリーと言われている人々でさえも、完全に未来を予測・予言することは不可能である。しかも、イノベーションは多くの場合連鎖モデルとして普及する。つまり、社会構造やユーザのニーズの変化、技術の進歩スピード、他社との競争などの要因が複雑に絡み合っているのを完全に把握することは不可能だし、必ずしも発明されたものが当初想定された用途で使われることや、想定された普及方法で広がることはないのである。


とまあ、書いてしまうと簡単でごく当たり前のことなのだが、このようなことを短時間で簡潔に書く、そして自分で考えをまとめた上で、ディスカッションに臨む、というのはなかなか思考の訓練になるわけで。