技術経営のケース:その1

椙山先生の「技術経営」の次回の授業はケース・スタディ。お題はハーバード・ビジネス・レビュー 2002月11月号から、「マーケティグ不在のR&Dをいかに改革すべきか」というもの。コメンテーターには、あのIDEOのTom Kelleyの名も挙がっている(因みに僕らはケース文だけを与えられていて、コメンテーターの回答は見ていない)。

一回目と言うことで、量は少なく、内容は至ってシンプルであるが、どこの会社もぶち当たりそうな普遍的問題だ。僕のアプローチは、まずケースの内容の整理をして、次に前提条件や仮定を作ってフォーカスを絞る、その上で見解(ソリューション)を提示するというもの。何かフレームワークとか使ってみようと思ったけど、シンプルな課題だし面倒くさいので割愛。というわけで、今のところの回答は以下の通り。(始めに断っておくけど、伝えたいのは雰囲気だけなので読んでもとってもつまらないと思います。)

* 赤字はその後のグループ・メンバーからの追記・修正

現状の整理

 まず、ケースの中からキーとなりうるファクトを整理することで、現状をより明確に把握したい。

  • ホームスター社は家電業界のリーダー的存在であるが、最近のトレンドに乗り遅れ、競合(バンガード社)のニーズを的確に取り入れた差別化戦略により、打撃を受けている。
  • CEOのハルとマーケティング部門のケリーは、問題は市場ニーズに合わない製品にあると認識している。
  • R&D部門のチャーリーは、ビジョナリーであり過去の成功を牽引、社内の人望も厚い。市場ニーズの先を行く技術革新(ネットワーク家電)こそが成功の秘訣だと信じている。
  • だが、このやり方は開発期間が長期に渡ってしまう。顧客ニーズと製品サイクルの変化が早い今の市場には向かない(とハルとケリーは考えている。)
  • つまり、ハルの懸念は2つ。半年間新製品を出せてなく顧客の目が競合に行ってしまっていることと、経営資源ネット家電に費やしすぎ事業リスクが高まっていること。
  • 一方で、省エネ家電の市場性を主張したチャーリーに対し、ハルとマーケティング部門はジャンボ家電の開発を実行、失敗した過去がある(チャーリーが正しかった)。
  • BS時代の友人でありコンサルタントのキャロラインは、チャーリーのやり方は古いと否定。彼女は、同じくBSの友人でR&Dサービスを支援するピーターの採用を薦める。
  • ハルは何としても6ヶ月後の展示会に新製品を出展したい。彼の頭の中の案は4つ:
  1. 関係者によるブレインストーミングの実施、資源配分と組織を見直し(現状改善案)
  2. ピーターを展示会に向けた仕事の担当として採用。チャーリーはCTOとしてR&Dに専念(小幅な改革案)
  3. R&D部門を大幅縮小し、大部分をアウトソース(大幅な改革案)
  4. チャーリーの言っていることを信じてネット家電にコミット(現状維持案)

前提条件と仮定

 R&D部門の改革は、一般的に中長期の全社戦略に大きく影響するため、本来であれば、よりマクロの視点で意思決定すべきである。また、製品開発やR&Dと、販売や財務などの各部門、製造工程、組織文化などの様々なファクターとの関係性を分析し、改革のストーリーごとにそれらへの影響を考慮すべきである。但し、今回のケースでは、それらのファクターはほとんど記述されていないため考慮しないことにする。さらに、マーケティング部門による市場調査が機能しておらず、それとR&D部門が縦割りでコミュニケーションが取れていないというニュアンスの記述もあるが、R&D部門が聞く耳を持たないのか、マーケティング部門が無能なのか確かではないため、それも対象外とする。
 また、ホームスター社の全社戦略を決定しうるコアコンピタンスは、長年業界をリードする技術力であったが、今後もそれがコアであると仮定する(この点に関しても、本来であれば、戦略の見直しやコア定義のための評価は必要であろう)。
 さらに言ってしまうと、CEOであるハルが現在の窮地に至った自身の責任を一切感じていないことは問題である。ネット家電の開発を決定した時点で、その発売までのスケジュールリングや収益構造等を計画していたはずである。現状を予測できなかったのか、単にネット家電の開発が遅れているのかはケースでは読み取れないが、ハルに経営責任があるのは言うまでもない。

見解

 まず、ホームスターのコアは技術力であるとするならば、それを維持するためには牽引役となるR&D部門のアウトソースは考えにくい。よって、R&D部門の社内継続は変わらない。また、過去の省エネ家電の例だけを見れば、チャーリーの市場に対する目は確かなものであると言えよう(ハルやケリー、キャロラインの「チャーリーは頭が固く古い、市場への理解がない」という単純な評価は間違いかもしれない)。社内の人心への影響を考えれば、チャーリーを部門から外すことも考えにくい。
 それでは、チャーリーに権限をどこまで持たせるかについて考えてみよう。それには ①ネット家電の開発状況、製品化時期の把握、②ネット家電の将来性・市場性の予測、③6ヶ月以内に展示会向け新製品を提供できない場合の売上やシェアへの影響、これら3つは最低限調査すべきである。もし、これらが楽観的なのであれば、チャーリー体制を維持して構わない。悲観的であれば、権限をチャーリーにだけ集中せずに、新任者によって既存製品の改善的な新製品の開発を平行して進めるという考えもあるだろう。
 例えば、チャーリーをネット家電の開発に専念(それによって開発期間が短縮)させ、採用したピーターを展示会向け製品の担当にするという2頭体制を取る。R(研究)をチャーリーに、D(開発)をピーターに任せるという考え方もあるかもしれない。いずれにせよ展示会向け製品は、今の市場ニーズにあったものを短期で製造しなければならないが、それは競合のバンガード社の後追い、改善製品でも構わないのではないだろうか(経営は業界リーダーとしてのプライドは捨てるべきである)。その場合は①~③の調査に加え、レトロ家電とネット家電の対象顧客をセグメント分けすることも必要になるであろう。一方、既存技術の組み合わせによるモノマネ製品であれば、R&D期間をほとんど設けずに製品を開発できるというメリットがある。
 但しこの場合、製品のR&Dに関わるリソースが分断されるだけでなく、既存製品、新製品、そして次世代のネット家電と、製品ライフサイクルがこれまでよりも短期になることが予想されるため、マーケティング・生産・販売などの他部門でもリソースが分断され、混乱をきたす可能性があるし、コストも増加するであろう。経営は全社がこの戦略に移行するための、適切なトランジットプランを提示する必要がある。また、上記①、②、③のリスクによって、どの製品ラインにより多くの資源を投下するかを決定することが肝となるだろう。

以上。


我ながら、当たり前の回答すぎて面白みに欠けると思う。それにしても、戦略論や組織論で使うケースは、どうも与えられる情報が定性的なものばかりになってしまうので、正解のない答えを導き出しているようで消化不良になることが多く、好きではない。まあ、このような完全でない状況把握だけで、迅速な意思決定を求められるってのは、経営の実際なんだろうけど。

この技術経営のクラスの事前課題は、毎回3人のチームで一つのレポートを完成させる。今回はリーダー役の僕が作った以上の叩き台を、他の二人でブラッシュアップすることになっている。4月から某外資消費財メーカーで市場調査を担当する子と、某巨像も踊る社で長年半導体の開発・製造に関わってきてコンサルタントとして独立された人、というメンバーなのでそれなりに的を射ていて面白いレポートになればと思う。